「植木屋さんだって植物に詳しいとは限らない」愛すべき人たち その1


「植木屋さんだって植物に詳しいとは限らない」
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文と絵 
おおくぼ みつゆき



「序章」

このお話しは、
私が、とある小さな
園芸関係の会社にいた時の
愛すべき人たちのお話しです。


でも、
本文に入る前に、
少しだけ私の事と、
私がいた前の会社の事も
お話ししておきましょう。



引きこもりだった私

私は、
東京の写真専門学校を
卒業しました。

しかし、
就職に失敗してから
引きこもりになってしまったのです。

引きこもりに成ると、人は、
どんどんと自身を失っていきます。

そして、人に会うのが苦痛になり
自分は、何もできない
人間なのではないかと
思えてくるのです。

それでも、私は何とか
引きこもりから脱しようと思い、
人に合わずに出来る事をと考えて
幾つかの雑誌社へ漫画の投稿を
繰り返してみたりもしました。

結果は、
入選を繰り返して、賞金や原稿料も
頂いたりはしたのですが

しかし、
ここからは、紙面でのそれらしい
文面を見ての想像ですが、
投稿のライバルの持ち込みを
覆すほどの実力はなかったの
だと思いました。

その時、もしも
私も持ち込みをしていたら、
きっと誰かのアシスタントを
やっていて新人デビューを
していたかも知れませんが、
きっと後が続かなかったと思います。

そんな事もあり、
私は漫画家は諦めたのでした。

そして、考えた末に、
人と会わずに仕事を出来ると思い
独学で竹細工をはじめたのでした。

しかし、
竹細工を、はじめてみたのですが
当時はまだ、今のようにネット
での販売が簡単にできるような
環境ではありませんでしたので
販売先に困ってしまったのです。

それで、
あちこちの観光地に自作の
品を、委託販売や買い取りを
お願いしてまわったのでした。

もちろん、それまでの私は、
委託販売も買取販売がある事も
全くしらなかったのでした。


そのような事をしているうちに
徐々に人との接し方にも、
慣れてきたのですが。

やはりそれだけでは
中々収入を得ることは
難しかったのでした。

そのような時に、私は決心をし、
おなじ物づくりならという事で
木工関係の仕事ならなんとか
出来るのではないかと思い、
ある木工の会社に
就職したのでした。
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初めての就職

その会社は
木製の窓やドアなどを
制作する会社でした。

当然、
その会社に入る時には、
私が以前、引きこもりだった事は、
会社には告げてはいませんでした。

いまは、「引きこもり」
と言う言葉も世間的に
認知されてきましたが。

今でも、まだ、
わざわざ自分から言う人は
少ないでしょうが。

当時は、まだ
引きこもりが一般的ではなく。

それこそ、私と同じように、
引きこもりで、苦しんでいる人が
日本中に存在するのだ
という事も全く知りませんでした。


ですから、当時の私には、
その引きこもりの苦しみが、
いったいどうしてなのかは
自分でも、
全くわからなかったのです。


きっと当時、たとえ
会社に申告したとしても会社でも
どの様に接したらいいのかも
分からなかったでしょうね。

なので当時の会社の人たちは、
私が、もと引きこもりだった事は
誰も分からなかったかも知れません。
だから当時の同僚たちは
私の事を竹細工で人形を作っていた
変った奴が入って来たな
位の事しか思ってはいなかった
のでしょう


「初めての会社が」

その会社ですが、
もと引きこもりの人間が
最初に就職するには適している
会社とは、とても言えないような
会社だったのです。

どのような
会社だったかと言うと。

社長が商社にいたと言う割には、
社長が休み時間に成っても
女性社員などにも厳しく指導するような
前近代的な感じがする
会社だったのでした。

その女性社員と言うのが、
聞くところによると病気により長期
休職中の工場長の奥さんだと言うのですが。


社長は、
休み時間に成っているにもかかわらず、
はたから見ていても厳しい指導ぶりが
伺えるのでした。

それを見ている他の社員も、
心の中では、「やりすぎで
酷いんじゃないか」と、
みんな考えているはずなのに
誰も口には出せずに見ぬふりをして、
そそくさと休息室へと向かうような
嫌な雰囲気が漂っていたのです。

これは、最近の話ではありませんが、
そんなに昔の話でもありません。
現代なのに、このような事が有ると、
もと引きこもりの人間にとっては、
やはり人は怖ろしいものだと
思わされてしまいますよね。
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Sさんの事

さて、この場面を見て
休息室へ向かう途中に、
私が何か一言ボソッと
言ったのですが。

何を言ったのかは、
覚えてはいないのですが。

何か、
その場の雰囲気を変えたくて
言ったのですが。

その一言に、
「Sさん」が答えてくれて、
「いい味出してるね」と言って
少し微笑んでくれたのでした。

その時、
私は「Sさん」も私と
同じような事を考えていて、
この人は、きっと信頼できる人
なのだろうと思ったのでした。

「Sさん」は、
社長が留守の時などは
自分から進んで社長の代わりに
他社への納品などもやっていた方でした。

若い、男性社員たちは、
みんな「Sさん」の事を
工場長と呼んでいました。

しかし、この会社の長老の
「オバちゃん」に言わせれば
「Sさん」は、
工場長なんかじゃねえよ」
とは言っていましたが、みんなが
「Sさん」をたよりにしていたのは
事実でした。

いま思えばバカな事を聞いたなと
思いますが、私は、「Sさん」に
こんな事を聞いたことが有りました。

いつも色白の肌が、
うっすらと赤く染まっている
お酒が好きだと思われる「Sさん」に
当時の私は、
「どうして、お酒を飲むんですか?」
と聞いたのです。

すると、「Sさん」は
ちょっとだけ考えてから。

「そうだなあ酒を飲むことは、
風呂へ入る様なものかな。
酒を飲んで、心に付いた
一日の垢や汚れを落とすんだよ」

と野暮な質問にも真面目に
答えてくれたのでした

因みに私は、
この会社を辞めた後に
入った会社では体を動かし
汗をかく事もあって、
お酒を飲むように成っていました。

それも、
ビールの大びんぐらいは
水を飲むような感覚で空けていました。

しかし、
決してお酒に強い訳ではなく、
何度も、飲みすぎを経験して、
翌日には「もう絶対に飲まん!」
と誓ったり破ったりを繰り返して
適量を覚えていったのでした。

今は、
一カ月に小さい缶ビールを
一本飲むか飲まないか程度です。

まあ、
これではお酒を飲むとは
言えない程度ですね。

理由は、
たとえ少しでも
飲まない方が明らかに
体調がいいからです。

飲んで体調が悪いという方は、
試しに一カ月間禁酒をして
出来るだけ睡眠時間も
増やしてみてください。

すると、
たぶん体調が回復してくると
思いますので、それからは、
それを持続していると、
だんだんと体調が良くなって
くると思います。



社長の口癖
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社長は、
いつもピリピリとした
雰囲気を醸し出していました。

そして、
いつも言っている
口癖があったのです。


その口癖とは、
「アンテナを立てていろ」

と言うものでした。

社長は、
ヒゲをそり忘れているのか、
面倒だから時々しか
剃らないのかは
分かりませんが。

少しだけ白髪の混じった
無精ヒゲの頬を、
顏の近くに寄せてきて。

口臭までも匂うのでないと
思えるほどの距離で
「アンテナは立てているか?」
と言ってくる事もありました。


しかし、
社長は、それがどう言う意味
なのかは言わないのです。

兎に角、
社長は社員に向かって
「アンテナは立てているか?」

と言ってくるのです。



当時の私は、
「アンテナ?」

この社長は、
何を言っているのかな?

と、ただ漠然としてしか
アンテナと言う言葉を
捉えてはいませんでしたが。



いま思えば、
社長が社員に対して、
言っている事なのですから。

例えば、「お前は、
社長の気にいられる事を
しているか?」

或いは、
社長や会社から
気にいられる事をしろよ。

という事なのだろうと
思うのです。


率直に言えば、
社長に対して忖度して、
仕事をバリバリやっている姿や
社長の機嫌をとる
行動をしろよ。

という事なのでしょうが。


しかし、
今になって考えてみると。

本当に、
それが社長や会社の為に成る
事なのでしょうか?


今の私は、
逆なのではないのかと
思うのです。


「アンテナ」を立てて、
いなければいけないのは
社長の方でなければ
いけないのではないのか、
と思うのです。



例えば、
この会社は、
社員が快適に仕事を
出来る環境なのかとか。

忖度をすべきなのは、
社員ではなく社長の方
なのではないかと
思うのです。


何故ならば、
社長だけが気持ちよく
過ごせても、それが
会社の利益に成るとは
思えないのです。

社員が、
いつも社長の機嫌を取ったり
顔色を窺がっていたのでは、
肝心の仕事の方が疎かに成って
しまうのではないでしょうか。

そんな事では
会社にとっても良い事とは
言えないと思うのですが。

如何なものでしょうか。



そのような、
ピリピリとした雰囲気を
出している
社長だったために。


この会社では、
休み時間も昼食時間も休息室に
社長がいて、社員は、まるで監視
されているような気分になって
いたのだと思います。

ですから
男子社員はみんな、そそくさと昼食を
済ませると各自の車の中で昼休みを
過ごすと言うような事でした。
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なので会社にいる間中、全く
息の詰まる様な緊張感の漂う
会社だったのです。



社長の思惑

これは、私の考えですが。

なぜ、社長が社員に対して、
そのように厳しく接していたのかは
理由があったようなのです。

社長は、
この会社の前には
商社に居たそうなのですが、
継いだのか婿としてなのかは
分かりませんが。

古参の社員に言わせると、
社長は、木工の事なんか
何も知りはしないんだと
言うのです。

だから、
何も知らない社長に
俺たちが教えてやったのだと。

それを聞いて私は。

だから、
社長は社員にたいして
舐められたくない為に
必要以上に厳しくして
見せているのかなと思った
のでした。

しかし、
そのようにするのは、
どうも女子社員に対してだけで
男子社員に対しては
していないのでした。

私は、そんな事をしても
会社の雰囲気が悪くなるだけだし。

だいいち、
女子社員をイジメているようで
社員から信頼も尊敬も
されないと思うのです。



愛すべき人々

社長は、そのような方でしたが。

社員の方々は、
みんな親切な人たちでした。

とくに近所から、かよっていて
長年勤めているオバちゃんたちは、
みんな気のいい人たちでした。

社長に、
酷い目にあわせられていた
病気で長期休養中の工場長の
奥さんのお宅は立派な家で、
何かの折に会社の人たちと
おじゃましたのですが。

家からの帰りには、
オバちゃんたちは、口々に
今度は私の家にも
遊びにきてねと声をかけて
くれるのでした。


退社

その会社で三カ月目を迎えた
私は、社長に対して約束通りに
給料を上げてくれるように
言ったのです。

しかし社長は、
約束を守っては
くれませんでした。

そんな事や、私が
考えていた仕事とは違い
コンマやミリ単位の苦手な計算や
仕事にも嫌気がし、
この会社に何十年と長く勤めている
オバちゃんの

「きっと、あんたなら、
このまま続けて居れば
この会社の一番にだって成れるよ」

との
励ましの言葉にも答えることが
出来ずにたった数カ月で
辞めてしまったのでした。

その会社を辞める時には
経理の女性からも

「ここで、覚えたのなら
他のどこの会社でも
通用するから大丈夫よ」

との言葉も頂きましたが。

後に成って考えると、
この会社の近辺は同じような業種の
会社が何十と密集していて
オートメーション化した
数百人規模の会社なども
あったのです。


この経理の女性は、
私が入ってきてから
入社した方なのでが。

この近所の方のようで、
ここで、働いてみて
「噂通りの所だった」
というような話をしていたので、
この会社は、その中でも厳しい事で
有名だけど、この会社にいたのだから
他の会社なら普通に務まるからね、
との励ましの言葉だったのでしょう。

ただ、
この経理の女性は、なかなか
しっかりとしていて美しかったので、
社長は、オバちゃんたちとは違い
この女性にだけは、何か言われると
「はいー、なんでしょーか」
なんて返事をし、そわそわとして、
めっぽう丁重に
扱っていたのでした。


オバちゃんも、経理の女性も、
その時は有難う。

簡単に、
耐えられずに辞めてしまった私を
励ましてくれて本当に
嬉しかったです。



風の噂
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私が退社して、
しばらくしたころ。

たまたま、
その会社にいた方に、
あったことが有りました。

その人の話によると。

私が、退社する少し前に
入社した女性がいたのですが、
「Sさん」は、その
女性との不倫を社長に疑われて
酷い目に合わされたそうですし。

それから、
しばらくして会社は倒産した
との話を聞いたのでした。

私は、その話を聞いて、
「Sさん」のような人を
大切にも出来なくて、
社長は、いったい何を
考えているのだろうと
残念な気持ちに成りました。

それから、
長年あの会社に勤めていた
気の良いオバちゃんたちは、
どうしたのだろうと思うと
社長に対して悔しい気持ちも
湧いたのでした。

今になって考えると、
ただただ、
人を力で従わそうとしても、
誰も、その人に対して
本当の尊敬や協力をしたりする
ものではないなと思ったのでした。


そんな事もあったのですが。

会社を辞めた私は、経理の女性が
言っていたようにその近辺の
別の会社に移るのは
どうも、この会社の窮屈な雰囲気が
好きに成れなかったために
辞めたのでした。



新しい会社へ

私は、全く違う
業種の会社を探す事にし、
その過程で
私は、この園芸会社の求人を
知ったのでした。


この会社は、以前の会社とは
まるで違っていて。

前の会社と比べると格段に
「自由で、のびのび」とした
会社だったのです。


まあ、敢えて
今風に言えば、良い意味で
「ゆるさ」があって、まるで
天国にも感じられたのでした・・・。



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「愛すべき人たち」1


「園芸会社へ

私が、
とある小さな園芸の会社にいた時の
愛すべき人たちのお話しです。


そこは、
社員が10人にも満たないような
小さな、おもに植物関係に携わる
園芸会社でした。

前の会社を、
もと引きこもりの私が、
どうにも肌に合わないと感じて
わずか数カ月で辞めて次に勤めたのが
この園芸会社だったのです。

なんだ、
前の会社は、たった数カ月しか
我慢できなかったのか世の中には、
もっと厳しい環境の仕事もあり
我慢している人も大勢
いるのに辛抱が足らん。

と思う人もいるでしょう。

私自身も、そう思いました。


だから
三カ月我慢できたじゃないか、
最長老の「オバちゃん」も、

「あんた、このまま続けていれば
この会社の一番にだって成ってなれるよ」

との励ましの言葉ももらったじやないか、
簡単に辞めてしまってもいいのか?
辞めずに、ここで頑張ればいいだろう」
とも考えました。

それに、
せっかく独学で始めた
竹細工を辞めて安定した収入のある
仕事を選んだんしゃなかったのか?」

とも、自問自答しました。

しかし「社長が、
理由を付けて約束を守って
くれなかったから辞めるのか?」
とも。

たしかにそれも、
大きな切っ掛けとして
ありました。

社長の言っていた
約束が守られていたならば、
もしかしたら残って居たかも
知れません。

しかし、
の会社は、どうにも私の肌には
合わなかったのです。

ですから、
我慢して残って居たとしても
遠からず辞めていたんじゃない
のかとも思しまいます。


もと引きこもりの一人として、
言わせてもらうと。

引きこもりの人が、
はじめて就職するのには、
ストレスの多い職場は不向きだと
いう事です。

いくら給料が高い職場だとしても、
引きこもりだった人にはストレスの
耐性が一般の人と比べると低いので
無理をしいる事に成ってしまうのです


いまは世間では、
引きこもりに関する
関心が高くなっています。

そして、
引きこもりを治すと称する
業者なども存在するようです。

なかには、
親が、そのような業者に騙されて
高額な金銭を要求されたり
引きこもりの子供を
家から無理やりに連れ出すような
事もあるようですが。

しかし、
そのような行為が
おこなわれると、本人も精神的
トラウマを負う事に成り親子間の
信頼関係も破綻しますし何しろ深刻な
人権問題ともなりますから注意が必要
だと思います。



園芸会社の仕事

私は、
もともと草花や、花木や、
珍しい果樹の木が好きで
庭に植えたり手入れをしたり
していました。

キウイフルーツや
ブルーべリーの木、
木苺のベリーやビックリグミ
の木など、まだブームに成る前
から植えていましたね。
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そんな事もあり私は、
少しは、この仕事に対しての
適性があったのかも知れませんね。


さて、
この会社の仕事に付いてですが、
園芸の会社というと草花の苗や鉢植え
生産などを思い描くと思うのですが。

たしかに、そのような会社も
近くには沢山ありましたが。

この会社の仕事は、
植物の生産や販売などではなく。

おもに
造園と、リースと、セレモニー
だったのです。

造園とリースと
セレモニーと言われても。

造園は、ああ庭造りねと
分かると思うのですが。

リースとセレモニーって何と
思われる事でしょうから。


一応それぞれの
仕事内容についても
説明しておきましょう


では、
造園の仕事から
説明しておきますね。

造園は、
一般家庭の庭づくりから
大きなホテルや企業の造園や、
その庭園管理業務などです。

他に、植物を利用しての
ホテル、デパートなどでの
インドアグリーン関係の仕事
などもありました。


そして造園は、
クレーンや重機を使用して
大きな木を掘り起こして
移動をおこなったり、
庭に石作りの灯篭を配置したり
自然石を利用して石組を
おこなったりと、
体力的には一番きつい部であり、
おもに、社長と専務が
担当していました。
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夏の暑い時期には、
アルバイトの男子が熱中症で倒れる事や、
庭木に付いた毛虫や蜂の被害に
遭う事もありました。


ただ、
この会社では一般家庭や
民間企業の仕事がおもで
公共の仕事はやっていません
でしたので。

よく真夏の炎天下の下で、
アスハルトの熱射を受けて
道路の中央分離帯の雑草の
処理や街路樹の剪定を
やっているのを見ますが
あのような大変過酷な作業は
ありませんでしたね。

しかし私は、いまでも、
真夏に時折炎天下の下で、
そのような作業をされている
方々を見かけると
暑い中ご苦労様ですと
頭が下がる思いがするのです。

よくみると、
そのような作業をされている
中には年配のオバちゃんたちの
姿もあるのですよ。

きっと、
もっと涼しくて
楽で、お金の高い仕事も
あるのに真夏の炎天下の中
麦わら帽子を目深にかぶって
汗をだらだらと流して、
車の排気ガスを浴びながら、
もくもくと作業をしている
お兄ちゃんや、オジサンや
オバちゃんたち・・・


そのような風景を見かけても
何も感じないか、目にも入らない
人が多いかも知れないですが。

でも、それは私が、
そのようなアスハァルト上の
作業がどれほど過酷なものかを
想像できてしまうから、
自然と目を向けてしまうのかも
知れませんね。

だから私は、
思わず心の中で
声には出さない声で、
暑い中ご苦労様ですと
言ってしまうのです。


それから
造園と言うと、昔の
植木屋さんのイメージを
思い浮かべて気が荒くて

「こっちとらー江戸っ子でい、
てやんでい、べらぼーめー
植木屋は宵越しの銭は持たねえぜ
おととい来やがれてっんだ」
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なんて言っていそうな気がしますが、
いまの造園屋さん(植木屋さん)たちは、
ぜんぜん、そのような事は
有りませんでしたね。

ただ、
「粋で、いなせ」と言う
言葉がありますが。

「曲がった事は大嫌れーだ」
と言う様な部分は、
あるんじゃないかなとは
思うんです

それに、
私のいた会社には
いませんでしたが。

最近は、
若い女性の造園関係の
仕事の方も増えている
ようです。

近い将来は、
もっと増えると思います。

何故かと言うと、
最近の個人住宅は洋風の物が
多いですよね。

すると、
庭へ使用する植物も
主木として松やマキを植える
造園が主ではなく。

ハーブや草花の園芸が主となり、
それを引き立てるような洋風な木を
植えるとい事に成ってきていると
思います。

このハーブや草花の
園芸の部分が、私のいたころは
オジサンの植木屋さんにとっては
一番の苦手なんだと感じていました。

オジサンたちは、
庭木の剪定等の手入れは、
こなしますが。

たぶん、
ハーブや草花、バラなどの
花木の剪定誘引などは、
詳しいとは言えなかったと
思います。

私も、
バラ以外の手入れは
詳しくないですけどね。

ただし、
専務だけは野草等の
植物には詳しかったですね。

旅行に行っても、
小さな植物図鑑を持っていて
植物を見ては確認をしたり
していました。

でも、
やはりハーブとかバラの
キッチリとした剪定誘引
とかは苦手だったと思います。

その点、
女性はハーブや草花などの
園芸種に付いて興味をもって
詳しい方が多いですよね。

ですから、
これからの造園屋さんは、
それらに対応できるように
女性の社員もどんどんと
増えるのではないでしょうか


ただ、造園は
ホワイトカラーの仕事とは違って、
重機やクレーン車やダンプなども使う
外での汚れ仕事ではあります。

しかし、
ホワイトカラーの仕事のように
嫌な人間関係や上司と部下の
シガラミのようなものに悩む事も無く。

その点ではホワイトカラーの
仕事よりもキレイな仕事と
言えるかもしれませんね


なぜ、このような事が
言えるのかと言うと。

他の会社の事は分かりませんが、
少なくとも、この会社では
植木屋さんに親方と弟子と言う
様な関係で入るのとは違っていて。

あくまでも、
園芸会社の社員として入るので
って徒弟関係のような
堅苦しさを感じさせるような
ものは一切なかったから
なのです。

しかし、
仕事を覚えさえすれば
独立して個人で植木屋さんを
やっても良いのです。

ただ、
学校ではないので、
個人で独立して植木屋さんとして
やっていく為に必要な事を
会社が教えてくれるという事は、
いっさいありません。

ですから、
仕事をしていく中で自分で
覚えていくのですけれどもね。

むしろ、
この会社の前にいた
木工の会社の方が若い社員なのに
「親方が」とか言っていて、
こちらはビックリしたものでした。


それに、
この会社では社長も専務も、
従業員やアルバイトの子に
怒鳴ったり高圧的な態度を
とって仕事を進めるような事は
全く有りませんでした。

いつでも、
2人は丁寧な言葉遣いで
人に接していましたね


それに、
この会社に出入りや
関係のある造園家の
人たちも、みんな
紳士的な方たちでしたよ。

ただ、
社長が、一度だけ声を荒げた
のを聞いたことは有りましたね。

それは、
ある社員からの電話に怒って、
電話を切った後に声を荒げていたのを
聞いた事があったのですが

この話は後程、
改めてさせて頂きますね。

専務は、と言うと、
やはり社長と同じように、
本気で怒るのを見た事は
無かったですね。


社員の方はと言うと、
みんな、それぞれ陰では同僚同士で
他愛のない悪口を言い会ったりして、
ちょっとした癖を持っていましたが。

専務さんは、
どの社員よりもバランスの取れた方で、
どの社員に対しても、さん付けで呼んで、
何々さん、
何々を、やってもらえませんか」
等と言うような方でした。

しかし、その専務も
一番若かった私には
君付けでしたけれどもね。


ただ、
それは私だけでなく
歳の若い社長に対しても、
専務は、君付けだったのです。

専務は、先代の社長の時代から
いた方でしたから、年下の
若社長だからかと思ったのですが。

どうも、それだけが理由では
無かったようなのですね。

社長は、
家族からも一部の社員からも、
不思議な事に君付けで呼ばれていた
のでした。

でもそれは、
「〇〇くーん」という
親しみを持った呼び方であり、
社長も、そのように呼ばれても
全くいやがる様子はなかったですね。



次に
リースの仕事ですが。
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リースの仕事は、
観葉植物の貸し出しの仕事で、
貸し出した大鉢や小鉢の
観葉植物を定期的に交換や
交換しない場合には、
メンテナンスとして
鉢カバーの中に一月分の水を
貯めておくための水やりや
枯れ葉の除去などの業務でした

リースの貸出先は、
個人商店から
ホテルやシッピングモール、
企業や工場等が主で、
場所としてはホテルのホールや
社長室、行政長室なんてのも
ありましたね。

変った所では、企業の
研究所で企業秘密を守る為に
管理が厳しく決まった日にちの
決まった時間にしか入室を許されない
なんて処もありました。

リースの仕事は、
造園部に比べると体力的には、
冷房の効いている結婚式場やホテルなどが
多いので楽ですが、観葉植物の大きな鉢を
持ち運ぶのはやはり体力がいりますし
車での移動距離は長いです。



次に、
セレモニーの仕事ですが。

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セレモニーの仕事は、
葬祭業者からの
指定でセレモニーの会場や、
一般家庭の決まった場所に
祭壇とは別に植物や大小の道具を使用して
飾り付けをおこなう業務でした。

私が入ったときには、
セレモニー担当の方は、
ケガをされていて
休職中だったのですが。

だから、
人手が足りなかったの
かも知れないですね。

この方は前職で東南アジアの
ある国への転勤が決まったのですが。

それが、
どうしても嫌で会社を辞めて、
この会社に来た方なの
だそうです。

セレモニーの仕事は、
業者から指定が入ると、
会場の場合は良いのですが。

一般家庭の場合は、
地図を片手に指定のお宅まで
いかなければなりませんので、
慣れない場所だと道に迷ったり
して大変でした。

しかし、
近くまで行くと、
大抵は、他の業者の方たちも
沢山来ていますから、あ、
あのお宅だなと分かるのです。


仕事の指定が入るのは、
大抵は午前中ですが。

たまには、
午後に入る事もありますし、
多い日には、三件ぐらいで
少ない日にはゼロの時も有りました。

まあ、ゼロの日は、
大体が友引の日なんですがね。

セレモニーの仕事は、
土日は関係ありませんで
年中無休なのです。

ですが、
それではセレモニーの
担当者が休めませんから、
担当者が休みの日には、
社員が社長も含めて持ち回りで
担当していましたね。



それから、
セレモニーの仕事では、
風の強い日には大変でした。

タタミ、
一畳ほどの竹垣を何枚か屋外に
セットしなければならないのですが、
竹垣ごと風に飛ばされそうに
なった事もありましたね。

そして、
セレモニーの仕事は、
仕事の入らなかった日には、
午後からは、造園の現場が近くなら
お手伝いにいく事もありました。
この会社では、
基本的にそれぞれに
担当者がいて、造園は数名、
リースは2名、セレモニーは1名が
専属でいました。

それから、
リースは予備日として、
外には出かけずにハウスの中での
植物の手入れの作業などの仕事も
あるのですが、造園が忙しいと
他の部の者も手伝いに駆り
出されたりしました。


会社に入って初めに担当するのは
リースですが、何らかの事情で
配置替えもあり何年かいれば誰でもが
一通りは会社の事は一応ですが
出来るようにはなるのです。


この会社に、
ここに来る前は
デパートの営業を担当していた
という方と、アパレル関係の
全国チェーン店に居たと言う、
お二人の方がいたのです・・・。



「愛すべき人たち2」へ続く・・・

(2019.9.2 加筆、修正)
(2019.9.3加筆、修正.挿し絵二枚追加)
(2019.9.4加筆、修正、序章追加)
(2019.9.6加筆、修正)
(2019.9.6加筆、修正、挿し絵二枚追加)
(2019.9.7加筆、修正)
(2019.9.16加筆、修正 挿し絵一枚追加)
(2019.9.18加筆、修正)
(2019.9.19加筆、修正)
(2019.9.20加筆、修正)
(2019.9.21.22加筆、修正、挿し絵二枚追加))
(2019.9.22、 21と22日の挿し絵二枚の修正と、挿し絵一枚追加)
(2019.9.23加筆、修正)
(2019.9.24挿し絵一枚追加)
(2019.10.4挿し絵四枚モノクロ~パートカラー的に修正)


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